
企業の経理部門は、長らく「コストのかかる部署」と見なされてきた。
しかし、その常識が変わりつつある。
スーパーホテルが自社の経理部を独立させ、他社の経理まで請け負う事業を始めようとしているのだ。
ホテルの運営会社が、なぜ経理の仕事を外に売るのか。
この動きの背景には、AIの活用を前提とした業務の集約がある。
本記事では、中小企業にも波及しうる「経理の外販」の可能性と、他社の情報を預かる側が負うべき責任について考える。
スーパーホテルが始める「稼げる経理」
2026年8月、スーパーホテルは自社の経理部を独立させ、新会社「未来オフィスサポート」を設立した。
現在はグループ16社のうち、スーパーホテルや老人ホームを運営するスーパー・コートなど6社の経理をまとめて担当している。
請求書の処理や経費精算といった毎月くり返す作業に、生成AIと自動化の仕組みを導入していくという。
注目すべきは、その先にある外販の計画である。
グループ内でAIを試しながらノウハウを蓄積し、早ければ2028年4月には、経理担当者がいないスタートアップやベンチャー企業向けに経理代行サービスとして提供を始める。
山本健策社長はこれを「稼げる経理を作る」と表現している。
なぜグループの経理を1社に集めるのか

グループ各社に経理担当者がいるのは珍しいことではない。
それをわざわざ1社に集約する手法は、**シェアードサービス**と呼ばれる。
シェアードサービスとは、グループ各社がそれぞれ行っていた経理や人事を1つの会社にまとめて引き受ける仕組みである。
最大の利点は、業務のやり方を1つにそろえられることだ。
6社が6通りの方法で請求書を処理している状態では、AIや自動化の仕組みも6通り作らなければならない。
しかし、あらかじめ同じやり方に統一しておけば、1回作った仕組みを6社すべてに適用できる。
AIを入れるためにも、まず集める必要があるというわけだ。
記事によれば、グループ各社を「AI活用の実証の場」と位置づけている。
自分たちのグループ内で試し、うまくいったものだけを外に出すという手順を踏んでいる。
経理を外に売る難しさと分かれ目
社内の経理をまとめた先で、なぜそれを外に売るのか。
それは、経理を売上を生む部署に変えるためである。
他社の業務をまとめて請け負うことを**BPO**(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)と呼ぶ。
自社で確立したやり方と仕組みは、他社でも使える。
であれば、それを商品にしてしまおうという発想である。
大企業ではすでに同様の動きがある。
NTTデータは2025年4月に、グループ内の業務を担う会社と外からBPOを請け負う会社を統合し、約3,700名体制の「NTTデータ・ウィズ」を発足させた。
日本郵政のグループ会社も、グループ約40万人分の給与計算をしてきた実績を前面に出し、外販を行っている。
大きな会社なら、うまくいきそうに思えるかもしれない。
ところが、これが簡単ではないことも過去の事例が示している。
日立グループの会社は2018年に人事・総務のBPOを外部に売り始め、「2020年度末までに累計100社」という目標を掲げた。
しかし、現在そのページには「2021年10月をもって販売を中止しました」と追記されている。
グループ内であれば、相手のやり方を自分たちで決められる。
しかし外部の顧客は、使用する会計ソフトも承認のルールもばらばらである。
そのばらばらな業務を自社の仕組みで吸収できるかどうかが、外販が成功するかの分かれ目になる。
中小企業にも広がる「経理の外販」

今回のスーパーホテルは売上621億円の企業だが、この流れはより規模の小さい会社にも広がっていくのだろうか。
これまでのシェアードサービスやBPOは、大企業が数百人規模の人員を集めて行うものだった。
しかし現在では、AIと自動化の技術により、少ない人数でも同じ規模の処理が可能になりつつある。
たとえば、地方の建設会社が自社で整えた請求書の処理方法を、取引のある協力会社に提供するといった展開も十分にあり得る。
矢野経済研究所の推計によれば、国内のBPO市場は2024年度の5兆786億円から、2029年度には5兆8,703億円まで拡大する見込みである。
依頼する側の中小企業にとっても、選択肢が増える利点がある。
大手のBPO事業者には規模が小さすぎて依頼しづらかった企業でも、自社と同規模の会社が作った仕組みであれば、実態に合いやすいことが多い。
情報を預かる側が負うべき責任
ここまで見ると、いいことばかりに聞こえるかもしれない。
しかし、経理業務を外に売るということは、他社の請求書、取引先、従業員の給与といった機密情報を預かることを意味する。
昨今、情報漏えい事件が相次いでいるが、その多くが委託先から発生している。
2024年には、自治体や企業から印刷と発送を請け負っていたイセトーがランサムウェアに感染した。
ランサムウェアとは、データを勝手に暗号化し、復旧と引き換えに金銭を要求するプログラムのことである。
個人情報保護委員会の調査では、約307万人分の個人情報が漏えいし、約100団体の委託元に影響が及んだ。
原因として指摘されたのが、外部から社内ネットワークに安全に接続するための仕組みであるVPNの管理不備である。
同社はVPN機器を2021年4月から更新しておらず、管理者のパスワードも2017年から変更していなかった。
さらに、2段階の確認も導入していなかった。
また、NTTのグループ会社では、委託先に派遣されていた社員が約10年にわたり約928万人分の情報を私物のUSBメモリで持ち出し、名簿業者に売却していた事件が発覚した。
個人情報保護委員会は、仕事を任せた側が委託先を適切に監督していなかったとして、法律違反と判断している。
個人情報保護法の第25条では、仕事を委託する企業に対し、委託先が自社と同等の安全管理措置を講じているか監督する義務を定めている。
つまり、他社の業務を預かる側になれば、今度は自分が顧客から厳しく監督される立場になる。
「パスワードは定期的に変更しているか」「契約終了後にデータは確実に消去しているか」といった問いに答えられなければ、委託先として選ばれることはない。
預かる側として最低限整えるべき事項は3つある。
- VPNなど外部から接続する機器の更新と、2段階の確認を必ず導入すること。
- 契約が終了した顧客のデータを、いつ、どのように消去したか記録に残すこと。
- 誰がどの顧客のデータにアクセスできるかを制限し、持ち出しの記録が残る仕組みを作ること。
まとめ
経理を外に売る動きは、自社の業務効率化の延長線上にある。
しかし、それを事業として成立させるには、他社の情報を預かる責任も同時に引き受けなければならない。
最後に、本記事の要点を振り返る。
- スーパーホテルは経理部を独立させ、グループ6社の経理をAIで効率化したうえで、早ければ2028年4月からスタートアップ向けに外販する。
- シェアードサービスで業務を統一し、AIを活用することで少人数でも処理が可能になったため、経理を外に売る動きは中小企業にも広がっていく。
- 他社の情報を預かれば、委託先として監督される側になる。VPNの更新、2段階の確認、契約終了後のデータ削除の記録は、外販を始める前にそろえておく必要がある。
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