
社員が辞めるとき、送別会の準備はしても、翌朝その人のアカウントがまだ動いているかを確かめている会社は多くない。 退職の手続きといえば、労務の書類を思い浮かべるかもしれない。 しかし、辞めた日に止めきれなかったものが、何年もたってから問題になることがある。 2026年9月には、旭化成の元従業員が在職中に機密情報を持ち出したとして逮捕された。 辞める日の手続きには、どのようなリスクが潜んでいるのだろうか。
退職時に会社に残る3つのリスク
退職のときに会社に残るリスクは、情報の持ち出し、アカウントの止め忘れ、手続きの遅れの3つである。 一つめの情報の持ち出しは、辞める人が顧客の名簿や社内の資料を持って出ていくことだ。 二つめのアカウントの止め忘れは、辞めた人のIDやパスワードが生きたままになっていて、そこから誰かに入られてしまう。 三つめの手続きの遅れは、社会保険や雇用保険の届け出が遅れ、辞めた本人が困ることになる。
部署の間に落ちる業務
これらの手続きは、労務が書類、情報システムがアカウント、総務がパソコンや入館証の回収と、担当が分かれていることが多い。 それぞれが自分の部分だけを見ていると、間に落ちるものが出てくる。 抜けを防ぐには、3つの部署で同じ1枚の表を見ながら進めるのが基本になる。
転職時の持ち出しと地味な手口

情報の持ち出しは、実際に増えている。 警察庁のまとめによると、会社が秘密として管理している技術や顧客の情報、いわゆる**営業秘密**を不正に持ち出した事件の検挙は、2025年に38件だった。 これは前の年より72.7%増えており、過去10年で最も多い。 転職や独立のときに持ち出す事件が多いと、はっきり書かれている。
手口は意外と地味である。 貸与パソコンから図面を私用のメールに送る、利用者の情報を複合機で紙に印刷する、設定情報を私物の携帯電話に打ち込むといったものだ。 どれも特別な技術はいらない。
発覚まで8年かかるケースも
問題の発覚には時間がかかることが多い。 旭化成の公表文では、元従業員が在職中に入手した機密情報を持ち出し、中国の会社に流したとして逮捕されている。 報道によれば、その人が辞めたのは2018年であり、辞めてから逮捕まで約8年かかっている。
アクサ生命の例もある。 先に辞めて保険代理店に移った元同僚に、在職中の社員が422名分のお客様の情報を渡していたと公表された。 見つかったきっかけは、お客様からの問い合わせだった。 会社の仕組みではなく、お客様に気づかされて発覚したという事実が重い。
止め忘れたアカウントから誰かが入る
アカウントの止め忘れは、さらに直接的な被害を招く。 アメリカでサイバー攻撃への対策を担う政府機関であるCISAが、ある州政府の組織での侵入例を公表している。 辞めた職員の管理者アカウントが、退職後すぐに止められていなかった。 そのIDとパスワードが別の漏えい事件で外に出ており、第三者がそれを使って**VPN**(社外から会社のネットワークに安全につなぐための専用の通り道)から社内のネットワークに入ったのである。
しかも、その管理者アカウントには2段階認証が設定されていなかった。 さらに、入った先のサーバーに別の管理者のパスワードが保存されており、それも奪われている。 1つの止め忘れが、次の侵入につながってしまう。
辞める本人が残す仕掛け
辞める本人ではなく、ほかの誰かが入るだけではない。 アメリカの司法省が2025年に発表した判決では、オハイオ州の会社の元開発者が、自分のアカウントが社内の名簿から消されたら全員がログインできなくなる仕掛けを作っていた。 実際に解雇されてアカウントが止められた日に、その仕掛けが動いている。 さらに、パソコンの返却を指示されたその日に、データを消していた。 アカウントを止める順番と、パソコンを回収するタイミングまで決めておく必要がある。
最近はクラウドのサービスも増え、止めるアカウントの数自体が多い。 メール、チャット、会計ソフト、経費精算、勤怠、それに部署ごとに契約しているサービスがある。 その人がどのサービスのアカウントを持っていたのか、一覧になっていない会社がほとんどだろう。 止めるには、まず入社のときから一覧を作っておく必要がある。
最終出社日からの72時間で何を止めるか

起点は最終出社日の当日である。 ゴールは、翌朝、その人が会社のどこにもログインできず、どこにも入れない状態にすることだ。 メールやクラウドのアカウントの停止、共有アカウントのパスワード変更、パソコンや入館証の回収を、当日のうちに終わらせる。
健康保険証の回収も当日である。 ただし、2025年12月2日以降、協会けんぽでは健康保険証の返却は不要になった。 回収するのは、有効期限内の資格確認書である。 扶養の家族の分も含めて回収する。 健康保険組合に入っている会社は、組合ごとに確認してほしい。
書類の手続きと1か月後の確認
社会保険や雇用保険の書類には、それぞれ期限がある。 社会保険の資格喪失届は5日以内、雇用保険の資格喪失届と離職証明書は翌日から10日以内、源泉徴収票は退職後1か月以内、住民税の異動届は翌月10日までである。 2025年1月からは、会社が電子で手続きしていれば離職票が本人のマイナポータルに直接届くようになった。 これで郵送の手間がなくなる。
しかし、72時間で終わらないものもある。 1か月後に、使っていたサービスの請求明細を見て、解約し忘れたものがないか照らし合わせる。 ここまでやって、退職の手続きは本当に終わる。
突然の退職代行にどう備えるか
最近は、退職代行で突然辞める人もいる。 大阪労働局が管内の企業に聞いたところ、48.7%が「退職代行を使った離職があった」と答えている。 東京商工リサーチの調査でも、全体では8.7%だが、大企業では21.3%に上る。 労働局の資料には、「本人が本当に依頼したのか確認できない」「引き継ぎが必要な業務なのに困った」「前日まで普通に出勤していた」という声が並んでいる。
退職代行だと、最終出社日がそのまま「昨日」になってしまう。 そうなると、72時間の準備もできない。 だからこそ、ふだんから2つを用意しておくしかない。 1つは、誰がどのアカウントを持っているかの一覧である。 もう1つは、その人が抜けても回る、業務の手順書である。 突然いなくなっても、一覧があれば当日中に止められ、手順書があれば仕事は止まらない。
まとめ
社員が辞める日の72時間は、入社の日から準備しておく必要がある。
- 情報の持ち出し、アカウントの止め忘れ、手続きの遅れを防ぐため、労務、情シス、総務で同じ1枚の表を見ながら進める。
- 最終出社日の翌朝には、どこにもログインできない状態にする。
- 退職代行による突然の離職に備え、アカウントの一覧と業務の手順書をふだんから用意しておく。
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