
10月23日、MetaのパーソナルAIエージェント(個人の用事を代行するAI)である「Muse」が日本でも利用可能になりました。
アプリを閉じても自律的に仕事を進めるこのAIは、基本無料で提供されています。会社が導入を検討するより先に、社員が個人のスマホで使い始める可能性が高い道具です。
現場で密かに使われるのを黙認するのか、それとも安全な範囲を定めるのか。本記事では、Museの特徴とバックオフィス業務での利用実例を踏まえ、管理部門が先に決めておくべき3つのルールを解説します。
MuseはこれまでのAIと何が違うのか
そもそもMuseは、これまでのチャット型AIと何が違うのでしょうか。
ChatGPTのようなAIは、質問を入力すると回答が返ってきて、そこでやり取りが終わります。一方のMuseは、「これをやっておいて」と頼むと、メールの送信、予約の取得、ウェブのフォームへの入力といった作業まで自分で進めます。質問に答える物知りな同僚ではなく、用事を預けられる秘書に近い存在です。
最大の違いは、利用者がアプリを閉じても作業を続ける点にあります。
承認が要る場面になったときだけ、通知で確認を求めてきます。Metaは、利用者ごとに専用の仮想パソコンを用意し、その中でMuseを動かしていると説明しています。自分専用のパソコンを1台、秘書に貸し与えているような仕組みです。
セキュリティの配慮もあります。公式の説明では、パスワードや支払い方法はMuseから見えないようになっており、支払いの際には使い捨てのカード番号が使われます。
では、実際にどれくらい使われているのでしょうか。
Metaの10月21日の決算説明によれば、先行して提供されたアメリカとカナダでは、1か月半で1,000万人以上が使い始め、その25%が毎日利用しているとのことです。
ここで注目すべきは、初期の利用者の約3分の1が、仕事のアカウントをつないでいるという事実です。個人向けのアプリであるにもかかわらず、会社が何も決めていない段階で、仕事のメールや予定がすでにMuseに入り始めているのです。
バックオフィスの人はもう何に使っているのか

実際には、どのような仕事に使われているのでしょうか。先行する海外や日本の利用者の投稿を追うと、バックオフィスに近い使い方がいくつも出てきます。
- 請求書の作成と送付。稼働時間が書かれたメールからMuseに請求書を作らせ、そのまま送信させる。
- 領収書集め。請求書が付いたメールや、サイトからダウンロードしないと取れない領収書を集め、経理担当へ送る。
- 朝の受信箱の整理。請求書のメールに印を付け、優先して読むメールと今日の予定を毎朝まとめさせる。
- フォームへの入力。住まいの修理依頼を、管理会社のポータルの入力画面から出させる。
- 相見積もりの取得。20分で見積もりを4件取らせる。
月末の面倒な領収書集めや、会社の購買でも使えそうな相見積もりなど、実務に直結する例が並びます。
ただ、これらの例には共通点があります。どれも本人のアカウントで、本人の用事を片付けているという点です。
会社のシステムに直接つないだわけではありません。日本で公式に接続先として名前が出ているのは、Gmail、Googleカレンダー、Instagram、Stripe、Shopifyなどに限られます。10月26日にはマネーフォワード MEともつながりましたが、これは個人の家計簿の明細を見るだけで、書き換えはできません。会社向けの会計ソフトとのつなぎ先は、日本ではまだ発表されていない状態です。
会社の仕事に入れるとどこで止まるのか
会社のシステムにつなげないのなら、まだ心配はいらないと思うかもしれません。しかし、会社として「Museを使っていいですよ」と許可した場合、あるいは黙認した場合、大きく3つの壁が存在します。
アカウントが個人にひもづく
1つ目はアカウントの扱いです。
Museは個人のMetaアカウントにひもづいて動きます。会社として一括で契約する仕組みや、管理者が利用状況を把握する画面はありません。
したがって、社員が退職したときに、Museに預けていた仕事を引き継ぐ方法がありません。会社の用事を、社員個人の秘書に預けきっている状態になってしまいます。
アメリカとカナダでは9月29日に中小企業向けの機能が発表され、SlackやNotion、会計ソフトのQuickBooksなどとつながるようになりました。公開や送信、お金を使うことは、人が承認するまで行わないという作りです。しかし、日本ではまだこの機能は使えません。
結果の責任は利用者が負う
2つ目は規約と責任の所在です。
Museの利用規約には、つないだアカウントを動かす正当な権限が必要であり、メールの送信や送金、削除の前には人が確認すると書かれています。
そして、Museがやったことの結果は、利用者が責任を負うという作りになっています。もしMuseが間違った請求書を送ってしまっても、それは送らせた本人の責任になるわけです。
情報の保存先と漏えいリスク
3つ目は情報の保存先です。
会社のメールや取引先の情報が、個人のスマホとMetaのクラウドに入っていくことになります。
10月には、利用者が共有したページが外から見える状態になっていたと指摘され、Metaが10月20日に共有の機能をいったん止め、22日に再開するという出来事がありました。漏れたのは会話ではなく共有したページでしたが、会社の資料を共有していたら同じことが起きうるリスクを示しています。
実際に、Museを社内のチャットにつなぐ仕組みを作れる開発者でさえ、自社では業務利用を禁止されたと報告している例があります。
管理部門は何から決めればいいのか

では、会社としては全面的に禁止するのが正解なのでしょうか。
禁止したくなるかもしれません。しかし、個人のスマホで使われてしまえば、会社からは実態が見えなくなるだけです。
だからこそ、範囲を決めて、その内側であれば使ってよいと明言するほうが現実的です。管理部門が決めるべきことは、次の3つです。
1. 任せてよい用事
まず、出張の予約、日程の調整、領収書を集めて経理に送る、といった社員本人の用事から始めます。社外の人の情報や、会社のお金に直接触れないものに限定します。
2. つないではいけないアカウント
次に、会社のメール、会計ソフト、取引先の一覧、給与や人事の情報には絶対につながない、と明確に定めます。
3. 送る前に人が見る場面
最後に、メールの送信、請求書の発行、支払いは、規約の通り人の確認を前提とします。社内のルールでも、「送信と支払いは、本人が画面で確かめてから行う」と明記しておきます。
これだけで、想定されるトラブルの多くは防げるはずです。
新しい規程をゼロから作る必要はありません。今ある経費精算や情報管理の規程に、AI利用の行を足すほうが早く運用に乗ります。そして、中小企業向けの機能が日本に上陸したときに、会社として本格的に導入するかどうかを改めて判断すればよいのです。
まとめ
個人のAI秘書は、会社が方針を決める前に現場へやって来ます。実態を把握し、安全に活用するための境界線を引くことが求められます。
- Museは頼んだ用事をアプリを閉じても進める個人のAI秘書であり、日本でも基本無料で使える。
- 請求書や領収書集めなどバックオフィスに近い使い方は始まっているが、現在は本人のアカウント内での利用にとどまる。
- 完全に禁止するのではなく、「任せてよい用事」「つながないアカウント」「送る前に人が見る場面」の3つを既存の規程に足して範囲を定める。
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