
会計ソフトの会社が、ソフトを使わせるのをやめると言い出した。 freeeの2026年6月期決算説明資料の後半には、これから何屋になるかの話が書かれている。 そこに「Done by You から Done for You へ」という一枚がある。 あなたがやる、から、あなたの代わりにやる、への転換である。 なぜ、使いやすさで勝ってきた会社が方向転換するのか。
道具の提供から結果の提供へ
従来のSaaSとAI時代のSaaSでは、同じ業務に期待されることが変わった。 経費精算なら、入力しやすく間違いにくい画面から、規程や税法に基づき自動で申請してくれることへ。 記帳なら、簿記の知識を問わず入力できることから、証憑を集めたら試算表を提供してくれることへ。 前者は使いやすい道具を渡すモデルであり、後者は結果だけを受け取るモデルである。 顧客の期待が後者に変わったと判断したのだろう。
この転換を支えるのは、約70万事業所に使われて溜まった日々の企業活動の記録である。 単なる金額のデータではなく、誰が何の目的でどの規程に基づいて使ったかというコンテキストを含んでいる。 金額だけを渡されたAIは判断できないが、規程と過去の処理履歴を渡されたAIは判断できる。 溜めてきた記録が、AIに仕事を任せるための武器になったというわけだ。
AI時代に強くなるSaaSの条件
資料では、AI時代に淘汰されやすいSaaSと強くなるSaaSを4つの軸で分けている。 一つ目は、正本としての完全性である。 正本とは、これが正式な記録だと言い切れる台帳を指す。 入力してもしなくてもいいメモ帳は弱く、入力しないと決算が締まらない台帳は強い。 二つ目は、AIがジョブを完遂するための実行基盤である。 業務が途中で切れていて別ツールや手入力が要るものは弱く、始点から終点までワークフローが通っているものは強い。 三つ目は、証跡基盤である。 誰が何を根拠にどう処理したか追跡できないと弱く、AIの実行に権限の範囲を当てて履歴を残せると強い。 四つ目は、AIエコシステムにおけるアクセシビリティである。 AIが人間のふりをして画面を読み取って操作する方式は、画面の作りが変わるたびに壊れる。 最初から操作の入り口が決まっているAPIが充実しているほうが強い。
会計申告や人事労務は正本を必須とする領域であり、freeeはこれら4つをすでに満たしていると主張している。 2013年に業界初のパブリックAPIを公開して以来、アプリストアの掲載数は200を超えている。 後出しではなく、もともと持っていたものがAI時代に効いた形だ。
専門家の統制と業務の丸投げ
では「代わりにやる」をどう提供するのか。 受け皿として、バックオフィス業務のプロ向けと、スモールビジネスオーナー向けの2つが用意されている。 プロ向けは、専門家の正確性と説明責任を実現する基盤である。 法規制や社内規定に基づいて業務プロセスを標準化し、例外を簡単に検知できることが求められる。 AIがルールを厳格に守って処理し、履歴をすべてログに残す。 人間は例外の判断と最終責任を持つ。 全自動ではなく、役割を分けている。
もう一方のオーナー向けは、業務をまるごと任せるためのエコシステムである。 AIが全部やるのではなく、プロの監修やAI BPOパートナー、認定アドバイザーにまるごと任せて、責任の持てるアウトプットを取得する形をとる。 ここにBPOという言葉が入っている。
BPO事業者の立ち位置の再定義
このエコシステムの絵を見たとき、BPO事業者には2通りの読み方ができる。 一つは、記帳も給与計算もAIがやるなら仕事が減る、という見方である。 実際、証憑から仕訳を自動作成する機能や、通帳明細から仕訳を作るサービスの利用は急増している。
もう一つは、元請けが変わる、という見方である。 freeeが顧客との窓口を持ち、実際の作業と監修は認定アドバイザーやAI BPOパートナーが担う。 仕事はあるが、顧客と直接つながるのではなくプラットフォームの下に入る形になる。 すでに5,500社を超える会計事務所が参画するネットワークがある。 さらに、法人顧客向けにAIアシスタントのベータ版が提供され、従業員30名規模の会社が資金繰り表を自動作成した事例も出ている。 この層はこれまで、外注するか社内で夜な夜な手作業するかのどちらかだった。 そこにAIが入ってきた。
ただ、これが直ちに脅威になるとは限らない。 AIに何を頼めばいいかを自分で言語化できる会社は少なく、業務の型を作る支援は依然として必要だからだ。 また、資料にも「人が責任を取れる、安心安全なAIエージェント」とあるように、責任を取る人間が要る。 そこはAIではなく事業者の仕事として残る。
人件費市場へのアプローチ
資料の中で見落とせないのが、従来のIT予算の市場にとどまらず、30兆円を超えるバックオフィス人件費マーケットへアプローチする、という一文である。 これまでソフト会社が取り合っていたのは、月額いくらのソフト代だった。 そこではなく、企業の最大の固定費である人件費を取りに行くと宣言している。 BPOの料金は人を雇うより安いかで判断されるため、もともと比較対象は人件費である。 つまり、freeeはBPO事業者と同じ財布を狙うということだ。 AIとアウトソースを組み合わせた高品質かつ廉価な業務代行サービスを提供する、と明記されている。
来期は売上高522億円、調整後営業利益率11%を目指し、2028年6月期には成長率と利益率の合計で40%を超える水準にコミットするという。 成長を落とさずに利益を出す絵を、人件費マーケットで実現しようとしている。
まとめ
- 使いやすい道具を売る会社から、結果を渡す会社への転換を宣言した。
- AI時代に強いSaaSの条件は、正本・End-to-End・証跡・APIの4つである。
- 狙いはIT予算ではなく、30兆円超のバックオフィス人件費マーケットである。
BPO事業者にとって、freeeは競合であり元請け候補でもある。 エコシステムに入るのか、顧客と直接つながり続けるのか。 この判断は、おそらくここ1〜2年で迫られることになる。 どちらを選ぶにせよ、自分たちの業務が型になっていて、責任の取り方を説明できることが前提になる。
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