
顧問税理士に「どこまでAI化していますか」と聞いたことはありますか。
おそらく、尋ねた経験を持つ経営者は少ないはずです。しかし、遠からずこの問いが事務所を選ぶ基準になります。2026年9月10日、アメリカのMinerva(ミネルバ)という会社がXに投稿した内容が、その未来を予告しています。
「会計事務所を一つ買収して、営業利益率を5%から70%にした。事務所全体をAIネイティブに作り替えた。今は全国の事務所と組んで、これを規模化している」。
数字は彼らの自己申告であり、監査済みの決算ではありません。ただ、ソフトウェアを売るのではなく、事務所そのものを買って中の仕事をAIで組み直すという手法が現れました。
ソフトウェアを売らずに「事務所を買う」理由
Minervaは、Y Combinatorの2025年春の枠で採択されたサンフランシスコの企業です。当初は中小企業向けのAI会計サービスを提供していました。メールや決済サービスからデータを取り込み、仕訳から申告用の帳票までを自動で回す製品です。創業者は当時、「10年後に会計士は存在しないと信じている」とまで語っていました。
それがなぜ、事務所を買う方向に転換したのでしょうか。
理由は三つあります。一つ目は、会計の仕事は型が決まっていることです。領収書を受け取り、仕訳をして、月次を締め、申告書を作る。会社が違っても手順はほぼ同じです。型が決まっている仕事は、AIに任せやすい性質を持っています。
二つ目は、人件費の割合が高いことです。会計事務所の売上の多くは人の時間であり、その時間の多くが定型作業に使われています。ここをAIに置き換えると、売上は変わらないまま原価が減ります。利益率が劇的に変わるのはこのためです。
三つ目は、顧客と信頼が一緒についてくることです。ソフトウェアを売る形だと、相手の事務所に導入と定着をお願いし続けなければなりません。導入しても運用が変わらなければ、結局は人が作業を続けます。事務所ごと買ってしまえば、自分たちの判断で運用を変えられます。
運用を変えられる立場に立つために、彼らは事務所を買っているのです。
「AIネイティブに作り替える」とは何をするのか

では、事務所をAIネイティブにするとは、具体的に何を変えることなのでしょうか。Minervaの製品説明を見ると、作業の入口から出口までを順番に置き換えています。
まず、銀行の明細や請求書、チャットの履歴を自動で吸い上げます。次に取り込んだデータを分類し、入金と請求を突き合わせます。領収書が足りなければ、取引先や社内の担当者にAIがメールで催促します。
催促まで自動で行うのです。そのうえで、「今月の資金の減り方は」と入力すれば数字と説明が返り、13週間の資金繰り予測を数分ごとに更新し、監査用の証跡を時刻つきで残します。
ここまでがAIの担当領域です。日本の記帳代行や月次決算に当てはめれば、領収書の受け取りから試算表の作成、異常値の発見までが該当します。年末調整や申告書の作成も、入力と検算の部分は同じ構造です。
すべてをAIに任せきれるわけではありません。特殊な取引や税務判断が割れる箇所、顧客ごとの固有の事情といった例外処理は残ります。ここをAIに任せると、間違えたときの責任が取れません。Minervaの投稿にも「人間はいなくならない。説明責任、共感、人間としての文脈は、この仕事でまだ決定的に重要だ」と記されています。
作業はAIに渡し、判断と責任は人が担う。仕事を工程に分け、その配分を事務所ごとに決めることが、作り替えの正体です。
日本の会計事務所で起きる統合の順番
日本でも同じことが起きるのでしょうか。
日本税理士会連合会の公表数値によれば、2026年8月末時点の税理士登録者は8万2,343人、税理士法人の届出は5,330法人です。個人事務所を含めれば、事務所の数は万単位にのぼります。
さらに2024年4月の実態調査では、60歳以上が53.6%を占めています。内訳は60代が25.7%、70代が22.0%、80歳以上が5.9%です。後継者不在による統合の素地は、AIとは関係なくすでに存在しています。
ここにAIが入ると、統合の理由が変わります。これまでは「人が足りないから一緒になる」という形でした。これからは「作業をAIに置き換えられる側が、移せていない側を買う」という統合になります。
ただし、日本には税理士法があります。税理士業務は税理士か税理士法人しか行えません。そのため、アメリカのようにAI企業が直接事務所を買って運営する形にはなりにくいでしょう。AI化を先に済ませた税理士法人が他の事務所を吸収するか、AI企業が税理士法人と組む形になると予想されます。
形は違っても、作業をAIに移せた側が、移せていない側を引き受けるという方向は同じです。
統合が進めば、顧問料の相場が動きます。作業の原価が下がった事務所は、安く速くサービスを提供できます。同じ品質なら、顧客である中小企業は安いほうを選びます。ここで、AI化していない事務所の顧客が動き始めます。
顧客である中小企業が今やっておくべき備え

顧問税理士が変わる、あるいは事務所が統合される。そんな場面が増えたとき、困るのは自社の経理データがどこにあり、誰が持っているのか分からない会社です。
事務所のシステムの中にしかない、あるいは担当者の頭の中にしかない状態では、乗り換えも統合もできません。そうならないために、経営者が今やっておくべき備えは二つあります。
一つ目は、自社の会計データと証憑を自社で持つことです。会計ソフトの契約者は誰か、証憑はどこに保存されているかを確認し、管理権限を手元に置きます。
二つ目は、冒頭の問いです。顧問先に「どこまでAI化しているか」を聞いてみてください。答えられない事務所は、これから作業の原価で競争力を失っていきます。この問いを投げかけること自体が、自社のバックオフィスを預ける相手を見極める判断材料になります。
これは会計事務所に限った話ではありません。経理業務を受託するBPO事業者も、作業をどこまでAIに移せたかが問われます。移せていない事業者は、相場が動いたときに生き残れません。
まとめ
今回の要点は以下の通りです。
- Minervaは会計事務所を買収してAIネイティブに作り替え、利益率を5%から70%にしたと投稿した(数字は自己申告)。
- 会計事務所が買収対象になるのは、型が決まっており人件費率が高く、顧客と運用権限を同時に獲得できるためである。
- 日本の税理士は半数以上が60歳を超えており、今後は「AI化を済ませた側が、移せていない側を引き受ける」形での統合が進む。
- 経営者は、自社の会計データと証憑の管理権限を自社で持ち、顧問先のAI化の状況を確認しておく必要がある。
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