
契約管理は、誰の仕事だろうか。
法務の管轄だ、と思うかもしれない。しかし現実の業務を追うと、誰か一人の仕事ではないことに気づく。現場が雛形(ひながた)を確認して稟議を上げ、法務や総務が中身を見て締結し、経理が請求書の根拠として確認する。契約書が止まっているのは、法務の中ではなく「部署のあいだ」である。
2026年9月9日、LayerXから「バクラク契約管理」がリリースされた。契約書の保管から台帳化、稟議との連携、期限管理までをAIエージェントが引き受ける製品である。この製品の仕組みは、契約業務が抱える構造的な課題への一つの答えになっている。あわせて、AIによる契約業務支援で必ず付きまとう「非弁行為」の論点も、2026年8月21日に法務省が公表した新ガイドラインによって新しい局面を迎えている。
契約書は今、どこで止まっているのか
契約業務が部署をまたぐと、何が起きるか。
情報が散るのである。契約書、稟議、電子契約、契約台帳、請求や支払の情報が、それぞれ別のシステムやExcelに置かれている。この状態が、現場に二重入力の負荷を強いている。契約書を手動でアップロードし、台帳に同じ内容を打ち込む。支払根拠の照合や更新期限の確認も、人手に依存することになる。
さらに厄介なのは、契約には「放っておくと期限が来る」という性質があることだ。自動更新の契約で解約予告の期限を過ぎれば、そのまま1年続いてしまう。台帳の不備や更新漏れは、未着請求の見落としや監査対応の負荷に直結する。
「バクラク契約管理」は、何をしてくれるのか

散在する情報を、どうまとめるか。バクラク契約管理は、4つの機能でこの課題に答えている。
一つめは、AIによる契約情報の読み取りと可視化である。契約書をアップロードすると、AIが中身を読んで台帳に必要な項目を自動入力する。同じ取引先に紐づく基本契約と覚書の関係性も可視化される。
二つめは、自然言語による調査エージェントだ。「競業避止義務を含む契約書を探して」「NDAを締結していない取引先を探して」といった指示で、契約書の中を調べて情報を抽出する。特に後者のような「無いものを探す」作業は、台帳を眺めるだけでは完結しない。取引先と契約の一覧を突き合わせる処理を、一文で頼めるのは強力である。
三つめは、稟議や支払との連携である。押印申請だけでなく、購買申請や支払申請といった各種申請と契約情報が紐づく。
四つめは、期限の管理だ。契約ステータス、更新期限、解約通知期限をAIが整理し、担当者に更新確認を促す。これらはすべて、契約書を読むところと、その情報を使うところがひとつながりになっている。
ただし、一つ押さえておくべき事実がある。契約書の作成やレビューを支援する機能は、今回のリリースには含まれていない。公式の発表でも、レビュー機能は2026年冬以降の実装予定と明記されている。
経理は、どこで助かるのか
契約管理の整備は、経理の実務にも直接返ってくる。恩恵は大きく二つある。
一つめは、支払根拠の確認である。請求書が届いたとき、その金額が正しいかを確かめるために契約書を探しに行く作業が毎月発生する。契約情報と支払情報が紐づいていれば、探しに行く手間そのものが減る。契約はあるのに請求書が来ていないという未着請求も、両者の一覧が同じ場所にあって初めて気づける。
二つめは、新リース会計基準への対応である。新リース会計基準とは、借手がリースについて資産と負債を貸借対照表に計上する方向への見直しを指す。これまで賃借料として費用処理していたオフィスの賃貸借や複合機のリースなどが対象になり得る。
対応にあたっては、まず「どの契約が対象なのか」を判定しなければならない。契約期間、更新の条件、解約の可否、金額を一本ずつ確認する作業である。契約書が紙やPDFで散在していると、この判定作業は極めて重くなる。バクラク契約管理は、この判定や確認項目の抽出をAIが自動で行うとうたっている。契約管理を整えることが、そのまま会計基準対応の準備になるというわけだ。
リーガルテックが抱えてきた「非弁」の論点とは

契約まわりのAIサービスには、常に「非弁行為ではないか」という疑念がつきまとってきた。
弁護士法第72条は、弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事務を業として扱うことを禁じている。AIが契約書を読んで「この条項は不利です」と指摘する機能は、この法律事務に当たるのではないか。
この疑念に対し、法務省は2023年8月にガイドラインを出した。さらに2026年8月21日、生成AIの進展を踏まえて解釈の指針を補う新しいガイドラインを公表している。
分水嶺となるのは、「事件性」のある案件かどうかである。法的な争いが現に起きている、あるいはほぼ避けられないと見込まれる案件であれば、事件性がある。逆に、これから結ぶ契約書のレビューはそこには当たらない、というのが基本の整理である。
新しいガイドラインは、サービス提供者が満たすべき要件を三つ挙げている。サービスの設計が事件性のある案件に使わせることを目指していないこと。事件性のある利用に特化した機能を持たないこと。そして、ガバナンス措置を講じて不適切な利用を避ける体制を整えることである。これらを満たせば、書面の作成や審査の支援は、一般的に弁護士法第72条に抵触しないと考えられると明記された。
逆に、訴状や和解契約書のように争いを前提とした書面を作るサービスは抵触する。争いのある案件に使われていると知りながら提供し続ける場合も、実質的に法律事務を扱ったと評価される。
ここで、バクラク契約管理の現在地を確認しておく。今回リリースされたのは、保管、台帳化、検索、連携、期限管理までである。契約書を読んで指摘する機能はまだ入っていない。つまり現時点では、この非弁の論点にほとんど触れない位置に立っている。論点が実質的な意味を持つのは、レビュー機能が実装される冬以降である。
これから、何が起きるのか
ガイドラインが出たことで、すべての決着がついたのだろうか。
そうではない。法務省はガイドラインと同時にロードマップを公表し、有識者検討会を立ち上げると宣言している。現行の弁護士法やガイドラインの限界を踏まえ、将来像を見据えたルールメイキングの在り方を検討するという。国の側が、今のルールには限界があると明示しているのである。
導入する側は、この状況をどう受け止めればよいか。いま提供されている契約管理の機能は、法務省の整理でいう価値中立的なサービスの範囲に収まっている。過度に構える必要はない。
ただし、ルールは動く前提で見ておく必要がある。そして何より、争いが起きている案件をAIに投げないことだ。もめていない、これから結ぶ契約であれば、現在の整理の範囲に収まる。ここだけは、利用者側で線を守る必要がある。
まとめ
契約情報が一つにつながることで、部署間の確認作業や二重入力は確実に取り除かれる。最後に、本記事の要点を三つにまとめる。
- 契約書が止まっているのは法務の中ではなく部署のあいだであり、情報の散在が二重入力や照合の負荷を生んでいる。
- 「バクラク契約管理」は、AIによる読み取りから台帳化、稟議との連携、期限管理までを一本化し、経理の支払確認や新リース会計基準への対応を支援する。
- リーガルテックの非弁行為に関する論点は、法務省のガイドラインによって「事件性」を分水嶺として整理されたが、今後も有識者検討会での議論が続く。
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