
業務の棚卸しをしようとシートを配っても、毎日やっている目立つ仕事しか出てこないと感じることがあるかもしれません。年に1回の仕事や、誰かに頼まれて片手間でやっている仕事は抜け落ちてしまいます。
AIに「うちの業務を洗い出して」と頼めば解決すると思うかもしれません。しかし、出てくるのはどこの会社にもありそうな一般論です。
AIに棚卸しを手伝わせるなら、頼み方より先に、何を覚えさせておくかで質が決まります。
白紙から書き出す棚卸しは、なぜ抜けるのか
思い出せる仕事しか書けない人間の限界
白紙のシートを前にすると、人は記憶の引き出しを開けやすい仕事しか書けません。押し入れの奥を開けないと中身が分からないのと同じように、自分の担当だと思っていない仕事は出てこないのです。
業界を知らないAIからは一般論しか出ない
では、AIに書き出させればいいかというと、それだけでも足りません。AIは経理の一般的な業務の一覧は出せます。しかし、その会社の業界におけるお金とモノの流れを知らないため、その業界だから発生する仕事が抜けてしまいます。
たとえば外食産業なら、毎日の食材の発注、店ごとの棚卸し、原価率の確認があります。卸売業なら、仕入先の請求書と納品の照合、返品、取引量に応じて戻ってくるお金の計算があります。こうした仕事は、業界を知らないと質問すらできません。
人に聞いてもAIに聞いても、聞く側が業界を知らないと抜けてしまいます。
AIに先に入れておく3つの型

だからこそ、AIに頼む前に、業界と業務の型を先に覚えさせておく必要があります。
業界の商流
1つ目は業界の型です。商流、つまり誰から仕入れて、誰に売って、お金がいつ動くかを業界ごとに部品にしておきます。
商流が分かると、仕入れ、在庫、原価の計算、請求、入金のどこで業務が発生するかを逆算できます。決算書はお金とモノの流れの結果です。決算から逆算すると、この数字を作るにはこの業務が要るはずだと分かります。
業務の本
2つ目は業務の本です。経理、労務、内部統制、BPR(業務プロセス・リエンジニアリング)の本を61冊選び、AIが参照できるようにします。AIが持つ一般知識ではなく、どの本の何ページにそう書いてあるかを根拠にさせます。
J-SOXの3点セット
3つ目はJ-SOXの3点セットです。J-SOXとは、上場企業に求められる財務報告の内部統制の制度です。
この制度では、業務の手順を文章にした業務記述書、流れを図にしたフローチャート、どこにどんなリスクがあってそれをどの確認で防いでいるかを表にしたRCM(リスク・コントロール・マトリックス)の3つを作ります。
これらは、誤りや不正が起きやすい場所を、業務の流れの中で押さえる型です。これを棚卸しに入れておくと、この工程で誰が確認していますかという質問が自然に出てくるようになります。
会計士の目で監修する理由
「それらしい」と「正しい」は違う
AIに型を覚えさせたら、あとはすべて任せられるのでしょうか。AIが作る業務の一覧やフローは、それらしく見えます。しかし、それらしいことと、正しいことは違います。そのため、会計士の目で型と聞き方を監修する必要があります。
フローチャートを左から右へ聞く
会計士の聞き方の特徴は、フローチャートを左から右へ聞いていけば漏れないという原則にあります。業務の始まりから終わりまで、順番に次は何をしますかと聞いていきます。
そして聞き方を2段に分けます。まず全体の流れを聞く段、次に1つの工程の細かい手続きを聞く段です。
統制点を外さない
会計士の目で特に外さないのが統制点です。照合する、承認する、帳簿に計上する、取引先や口座などの元のデータを変える、社外に送る。この5つの工程は、間違いや不正が起きると決算の数字に響きます。
そのため、誰が、何を見て、どこに記録を残しているかまで聞きます。AIだけだと、ここを確認していますの一言で通してしまいます。確認していますは、聞く側が一番だまされやすい言葉です。何をどう確認しているかまで聞かなければなりません。
聞き取りの最中に「聞けたか」を判定するツール

40項目で聞き漏らしを防ぐ
この型を、実際のツールに落とし込む取り組みが進んでいます。棚卸しの聞き取りの最中に、会話を文字にしながら、聞くべき項目のどれが聞けていて、どれがまだかを判定し、次に聞くことを出すツールです。
項目は40あり、3つの層に分かれています。全体の流れの17項目、細かい手続きの16項目、そして統制とJ-SOXの7項目です。
過去の実際の案件で、会議中に人がその場で出した追加の質問134問を並べてみたところ、95.5%がどれかの項目に入りました。入らなかったのは、契約の更新の段取りのような、棚卸しの外の話でした。
ツールがやるのは判断ではなく整理
現在、聞き取りの判定と、工程の表、今の業務の流れの図の下書きまでは動いています。一方で、業界ごとの型と、61冊の本を参照させる仕組みはこれから構築する段階です。
ツールができても、最後にこれで漏れはないと判断するのは人です。ツールがやるのは、聞き漏らしを減らすことと、まとめる時間を減らすことです。
中小企業がまずできること
商流を3行で書いてAIに渡す
ツールがない会社は、何から始めればいいのでしょうか。手元のAIでも、考え方の半分は使えます。
まず、自分の会社の商流を3行で書きます。誰から何を仕入れて、誰に売って、いつお金が入ってくるか。
それをAIに渡し、この商流の会社で経理と総務に発生するはずの業務を、年に1回のものも含めて挙げてほしいと頼みます。うちに無いものは後で消すので、多めに出してほしいと添えます。
白紙から書かず、候補を消していく
白紙から書き出すのではなく、AIが出した候補を消していく形にします。人は思い出すのは苦手でも、一覧を見てこれはやっている、これはやっていないと選ぶのは得意です。
そこに、照合・承認・計上・元のデータの変更・社外への送付の工程はどれか、そこで誰が何を確認しているかを書き足していきます。これで、会計士の目の入り口までは自分たちで行けます。
書き出した業務は、業務名、頻度、時間、属人度、判断の有無を記録するシートにまとめていくとよいでしょう。
まとめ
棚卸しの質は、AIに頼む前に決まっています。
- 白紙の棚卸しは、思い出せる仕事しか出てこない。業界を知らないAIからは一般論しか出てこない。
- AIには先に、業界の商流から業務を逆算する型、業務の本、J-SOXの3点セットを覚えさせる。そして統制点は会計士の目で監修する。
- ツールがなくても、商流を3行で書いてAIに候補を多めに出させ、消していく形にすれば、抜けはかなり減らせる。
業務を工程に分けて仕分け、改善の順番を決める具体的な手順は、2026年11月10日(火)開催の無料オンラインセミナー「業務棚卸しから始めるBPR」でも解説されます。
また、業務名や頻度を書き出すための「業務棚卸しシート」は、無料でダウンロードできるテンプレートが公開されています。
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